彼はイスラム嫌いじゃない。フランス嫌いなんだ。 〜『服従』 その2〜

前回紹介した『服従』について検索していたら、こんな記事をみつけたので抄訳します。「フランスはウエルベックの『服従』をちゃんと理解しなかった」とアメリカのプレスは推測 (Telerama より。2015/10/22)この火曜日にウエルベックの『服従』がアメリカ…

フランスの復興? 〜ウエルベック 服従〜

ウエルベックの『服従』を読み終えた。おもしろかった。舞台はフランスで、主人公は文学教授(19世紀末の耽美主義デカダンス小説家ユイスマンスの専門家)。イスラム主義者が大統領になり、イスラム教徒しか大学教授になれないことになる。主人公は解雇され…

日本人による西遊記 〜円仁 唐代中国への旅〜 その5

故郷へ帰ろう 円仁は八四一年から百回以上に渡って帰国の許可を願い出るが入れられなかった。八四三年七月には円仁の弟子の一人、惟暁が病気で亡くなった。帰国の許可がようやく下りたのは八四五年五月、還俗と追放という形でのことだった。 中国の友人たち…

日本人による西遊記 〜円仁 唐代中国への旅〜 その4

長安このころ円仁は修業への情熱に取りつかれていたに違いない。早くも八月には長安に入り、各方面への挨拶が済むと、円仁はたたちに彼が学ぼうとするそれぞれの題目について、一流の権威の名前の推薦を受けた。そして四人の教師の下で教えを受けた。 彼はま…

日本人による西遊記 〜円仁 唐代中国への旅〜 その3

五台山 円仁が五台山を巡礼したのは840年の四月から七月の間であった。円仁はまず竹林寺に滞在した。そこで円仁の二人の弟子は具足戒を受けて一人前の僧となった。大華厳寺ではまだ日本にない天台の書物を書き写した。 さらに円仁は五台山の五つの峯をまわり…

日本人による西遊記 〜円仁 唐代中国への旅〜 その2

友人たち大使たち総勢二百七十人からなる遣唐使節の本体は十二月三日、長安に到着した。円仁は揚州で天台山へ行く許可を待っていたが、いつまでたっても許可は得られなかった。やがて大使たちは長安から帰ってきて、帰国に向けて移動を始めたが、円仁はたと…

日本人による西遊記 〜円仁 唐代中国への旅〜 その1

エドウィン O. ライシャワー著『円仁 唐代中国への旅 「入唐求法巡礼行記」の研究』を読んだのでその内容をまとめてみます。航海は風(と神)まかせ 円仁は日本天台宗を開いた最澄の弟子で、838年に最期の遣唐使の一員として唐に渡った。渡航は第一回(836年…

凄まじいコントラストの小説 〜ボヴァリー夫人〜

一ヶ月かけてフロベールの『ボヴァリー夫人』をようやく読み終わりました。十年以上前に一度読んでいるので今回は再読なのですが、おぼろげに記憶していた物語とは全く違っていました。そして、前回読んだ時にはこの小説のすばらしさ、そして怖さをまったく…

家族という部族 〜心臓を貫かれて〜

マイケル・ギルモア著、村上春樹訳『心臓を貫かれて』を読みました。アメリカのある異常な、しかし同時に象徴的でもある家族を描いた驚くべきノンフィクションです。二人の人間を殺して死刑になったゲイリー・ギルモアという人物がいる。その歳の離れた弟で…

低層社会のスポークスマン 〜廖亦武へのインタビュー〜

以下はル・モンドによる廖亦武へのインタビューの翻訳です。廖亦武は中国の反体制作家で、現在日本で唯一出版されている彼の著書『中国低層訪談録』はこのブログでも紹介しました。蛇足ながら、ここにこれを訳出するのは中国を貶めるためでは決してありませ…

発信力よりも消化力 〜日本語が亡びるとき〜

水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読んだ。むちゃくちゃ刺激を受けた。本書が重要な本であることは間違いがないと私は思う。日本語や小説に興味のある人だけではなく、言葉を使うことを生業にする人、現代日本において日本語かあるいは西洋…

開かれた日本とその未来 〜銃・病原菌・鉄〜

ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』〈上・下〉を読みました。実に興味深く盛りだくさんな本です。冒頭で著者は一つの問題を提起する。地球上のある地域の人びと(例えばニューギニアの)が他の場所から来た人びと(例えばヨーロッパからの)に植民…

良識の人 〜なにも願わない手を合わせる〜

藤原新也著『なにも願わない手を合わせる』読みました。この著者はホント良識の人です。その偏りも含めて全部そのまま受け入れてしまいそうになる。文章は実に文学的で心地よい。あまりにも文学的なのがかえって玉に瑕なほど。ただ、「今昔の母親の子供の育…

芸能者は今も昔も河原者 〜河原者ノススメ〜

篠田正浩著『河原者ノススメ』読みました。興奮しつつ読みました。今まで興味を持ちつつもいい加減にしか把握してなかった日本の芸能にまつわるいろいろなトピックが、この本によって互いに結びつき合わされたような気がしました。この本では中世から近世に…

宗教は割に合わない 〜仮想儀礼〜

篠田節子『仮想儀礼(上・下)』読みました。 ものすごく面白かった。一気に読んだ。都庁の役人でゲームのシナリオ書きを内緒の副業にしていた鈴木正彦が、編集者の矢口と二人で聖泉真法会という新興宗教を興す話。 教祖の桐生慧海こと鈴木正彦がたてた教義…

少女にとっての生きにくさ 〜渋谷〜

藤原新也『渋谷』小説としてすごくよかった。この人の現実を型にはめる力、美化する力はすごいと思う。べつに非難ではない。人の手によって美化され、整形された「現実」に人は勇気を与えられる。それが芸というものだ。写真もまた人の手によって美化され、…

クンデラなど

最近読んだ本など。■小説の精神 ミラン・クンデラによる小説論。まさにヨーロッパの文化エリートの書。ヨーロッパ的な思考システム(特にその哲学)に捉えられると、それなしにものを考えることなど不可能に思えてくるのだが、少し離れて眺めてみると、それ…

わたしの読書の複数

最近おもしろかったもの。■岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』収録されている『三月の5日間』と『わたしの場所の複数』の二作品は、どちらもよかったけど自分は特に『わたしの場所の複数』にガツンとやられました。ようするにアルバイトで…

私小説作家という風俗 〜IN〜

桐野夏生『IN』読みました。あらすじ 作家の鈴木タマキは編集者の阿部青司とかつて不倫をしていたが、すでに別れたつもりでいる。タマキは『淫』という小説を書きつつあり、その主人公は、緑川未来男という作家が書いた『無垢人』という小説の中に登場する「…

良心的アメリカ人の諦観 〜スローターハウス5〜

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』(一九六九年)読みました。面白かった。主人公のビリーは戦争中の一九四四年、最初の時間内浮遊現象を経験する。過去や未来のあちこちに時間が飛び、いきなり子供になったり、一九六五年にとんだりして…

アメリカ的作家の誕生 〜ガープの世界〜

ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』読みました。とても面白くまた勉強になる小説だった。とにかく第一章『ボストン・マーシィ』がすばらしい。読みながら笑い、泣いた。そのあらすじ ジェニー・ガープは裕福な家庭に生まれたが、兄たちに勧められた大学…

動物・バイク・戦争 〜熊を放つ〜

ジョン・アーヴィングの小説『熊を放つ』(1968年)を読みました。村上春樹による訳です。とても面白かった。あらすじウィーンの学生であるジギーとグラフは金を出し合ってオートバイを買い、旅に出る。旅先の村の旅館でジギーが酔っ払った牛乳配達人を相手…

この映画化はどうよ 〜シャイニング〜

スティーブン・キングの小説『シャイニング』を読んでからそのキューブリックによる映画化をみました。スティーブン・キングによる小説の方はやっぱりすごい。文庫版では厚い上下二冊本なのに、どんどん引き込まれて一気に読んでしまう。映画の方は正直がっ…

ベラボーにたくましい人々 〜箆棒な人々〜

竹熊健太郎著『篦棒な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』読みました。ベラボーに面白かった。 康芳夫(マルチプロデューサー、虚業家 1937年生まれ) 石原豪人(挿絵画家、画怪人 1923年生まれ) 川内康範(月光仮面原作者、生涯助ッ人 1920年生まれ) 糸井貫…

むかつく作家のむかつく小説 〜長いお別れ〜

レイモンド・チャンドラーの小説『長いお別れ』(1954年)を読みました。鼻持ちならない小説。!ネタばれ注意!長い小説なのでなんとなくごまかされてしまいそうになるけれど、落ち着いて考えてみるとこれはとても変な、はっきり言えば無理のあるストーリー…

ストレートな物語 〜アイ・アム・レジェンド〜

リチャード・マシスンの1954年の小説『アイ・アム・レジェンド 』読みました。!ネタばれ注意!謎の病気のために人類がみな死ぬか吸血鬼状態になり、一人だけ残った男が吸血鬼たちと戦う。 文体はとてもストレートで、ほとんど素人っぽく思える部分も多い。…

クセのある探偵 〜マルタの鷹〜

ダシール・ハメットの『マルタの鷹』(1929年)読みました。電車の中で読んでたらおもわず駅を乗り過ごしてしまったほど面白かった。簡潔で正確な人物描写。作家自身が実際にピンカートン探偵社で働いていただけあって、主人公である探偵スペードの行動の描…

アメリカ文学恐るべし! 〜郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす〜

ジェームズ・M・ケインの郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす読みました。すばらしい名作。おすすめ。 明日の夜、もしあたしが戻ってきたら、たくさんしてあげるわ、フランク。素敵なキスを。お酒臭いキスじゃなく、夢いっぱいのキスを。死のキスじゃなく、…

探偵はつらいよ 〜天使に見捨てられた夜〜

桐野夏生『天使に見捨てられた夜』読みました。桐野夏生の小説では、しばしば主人公の女性がつらい経験を経てパワーアップし、新たな人生へと出発する準備が整ったところで小説が終わります。『OUT』や『柔らかな頬』、『グロテスク』、『魂萌え!』などはみ…

老境から始まる主婦の戦い 〜魂萌え!〜

桐野夏生の『魂萌え !』読みました。すごく面白かった。風邪で寝込んでいる間に読んだ。一度読み始めると止まらない。夫を突然の心臓麻痺で亡くした敏子は、夫に十年来の愛人がいたことを知る。夫の死をきっかけに今まで知らなかった世界が開け、新たな戦い…