私小説作家という風俗 〜IN〜

桐野夏生『IN』読みました。

あらすじ
作家の鈴木タマキは編集者の阿部青司とかつて不倫をしていたが、すでに別れたつもりでいる。タマキは『淫』という小説を書きつつあり、その主人公は、緑川未来男という作家が書いた『無垢人』という小説の中に登場する「○子」という女。『無垢人』は緑川の愛人である○子のことが緑川の妻にばれて、そこから始まる緑川と妻との壮絶な戦いを赤裸々に描いた小説。(島尾敏雄の『死の棘』を連想させる。)緑川はその後、実生活において息子の陽平を事故で亡くす。
タマキは青司と久しぶりに会う。青司は小説の編集の仕事を辞め、煙草もやめて、まったく違う男になっている。それでもタマキは青司との間の感情的なしこりを乗り越えることができない。青司を巡る心の葛藤と平行して、タマキは○子の正体を追う。
小説の最後でタマキは緑川の妻の千代子にインタビューをする。『無垢人』に書かれていたのとは違い、千代子はおしゃれで賢く欲望の強い女だった。インタビューの途中、タマキは阿部青司が死んだことを知る。タマキの様子がおかしいのに気づいた千代子に「知り合い」が亡くなったことを伝えると、千代子はタマキに一通の手紙を手渡す。そこには驚くべき真実がっ!


『OUT』の「殺人を隠す」、『柔らかな頬』の「失踪した長女を探す」というモチーフに比べると、『IN』の「○子の正体をつきとめる」というのはちょっとドライブ力に欠ける。そのため切羽詰った感じがなく、どこかアンニュイな物思いに耽っているような調子に全体が染まっている。また、今回のタマキは小説の中であまり変化していかない。そのために(『柔らかな頬』では強烈に感じられた)時間が経過していく感覚、地の果てに向かって突き進んでいくというようなスピード感が感じられなかったのが残念。