クセのある探偵 〜マルタの鷹〜

ダシール・ハメット『マルタの鷹』(1929年)読みました。電車の中で読んでたらおもわず駅を乗り過ごしてしまったほど面白かった。

簡潔で正確な人物描写。作家自身が実際にピンカートン探偵社で働いていただけあって、主人公である探偵スペードの行動の描写がとてもリアル。
ある日一人の美人がスペードの探偵社を訪れて、妹の駆け落ちの相手を見張って妹を取り戻して欲しいと依頼する。スペードの相棒のマイルズ・アーチャーが引き受けるが、その夜アーチャーは殺されてしまう。
スペードは何が起きているのか分からない。依頼者である女や、突然向こうからやってきたカイロという男などの身辺を洗い、探りやはったりを入れながら、ようやく高価な鷹の像のことをつきとめる。その地道な作業。関係者のホテルなどいくつかの場所を定期的に回ってチェックし、電話を入れ、協力者に会いに行く。そうやって手探りで暗闇を探るうちにだんだんと事件の全貌が見えてくる、その過程がとてもスリリング。
あと、ラストの展開と渋い結末もすばらしい。探偵は警察に完全に睨まれてはやっていけないが、べったりついてもやはりやっていけないのだろう。そこのところの間合いの取り方がとてもリアル。

ただストーリーに気になる点もある。スペードがちょっとすごんでみせただけでガットマンが自分からぺらぺらと鷹の由来を話してしまうのはちょっと変。あの時点ではスペードは何も知らない部外者なのに。鷹を持った船長がスペードの事務所にやってきてそこでばったりとくたばるというのも都合の良すぎる展開ではある。
スペードという男はたしかに探偵としては切れ者なのだろうが、人としてどうよ?というところもなくはない。秘書にはさわり放題、今なら完全にセクハラである。死んだ相棒のマイルズの妻とはできていて、依頼者のブリジッド・オショーネシーともできてしまう。しかも相棒マイルズのことは心の中で軽蔑していてブリジッド相手に屑野郎よばわり、一年の契約期間が明けたら放り出してやるつもりだったというのだ。
その押しの強さは半端じゃなく、何でもいいように言いくるめられてしまいそう。あまり実際には会いたくない人物である。


作家について。ハメットは二十一歳でピンカートン探偵社に入り、陸軍をへて1921年に結婚。1922年ごろにはピンカートン社を辞め物書きとして立とうと決意。結核を理由に妻子と別居し1930年までに彼の主な作品を書いてしまう。成功とともに収入も増え、浮き名も流すようになった。1934年以降、彼は一つも作品を発表しておらず、かわりに左翼活動にエネルギーを注ぐようになった。彼は反ファシストであり1937年にはアメリ共産党に入党。1938年には妻と正式に離婚。第二次大戦では陸軍に志願しそのほとんどをアリューシャン列島ですごした。大戦後はCivil Rights Congressの活動に参加して赤狩りに遭う。彼はCRCの協力者の名前を明かさなかったため法廷侮辱罪に問われて六ヶ月間服役した。