アメリカ文学恐るべし! 〜郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす〜

ジェームズ・M・ケイン郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす読みました。すばらしい名作。おすすめ。

明日の夜、もしあたしが戻ってきたら、たくさんしてあげるわ、フランク。素敵なキスを。お酒臭いキスじゃなく、夢いっぱいのキスを。死のキスじゃなく、生命のキスを

読みながらこれはカミュの『異邦人』のパクリだと思った。ムルソーをちょっと活動的にしたような冷めた主人公の男。動物的で冷静でしかも頭が切れる。殺しにせよ何にせよ自分がやってることを完全に理解しているタイプ。その男に惚れる女。殺人。裁判の描写。単刀直入の短い文。

しか〜し。カミュの『異邦人』が出版されたのは1942年。本書が出版されたのはなんと1934年。つまり『異邦人』が本書のパクリだったのです。カミュ自身が『異邦人』は本書に触発されたと言っていて、『タイム』に出たケインの訃報にも「カミュを含む次代の作家たちに影響を与えた」とあるので間違いなし。

本書は今までに六回映画化されている(仏語版ウィキペディアによる)。1939年にフランスで初の映画化。1942年にはルキノ・ヴィスコンティによって映画化されるが、原作者の許諾なしの映画化でクレジットにもケインの名前がなく、イタリアでの上映後数日で上映禁止になった。ちなみにヴィスコンティカミュの『異邦人』を1967年に映画化している。カミュは生前『異邦人』の映画化を拒否し続けていた。1981年にはジャック・ニコルソン主演による映画化がされます。

ロラン・バルトがdegré zéroの文体として挙げたのはカミュの『異邦人』だったけど、むしろケインのこの小説を挙げるべきだったのではないでしょうか。改めて思うに、アメリカの小説や映画が二つの大戦前後のフランス文学へ与えた影響はとてつもなく大きなものだった。サルトルがフォークナーを高く評価していたことも有名だし。(ちなみにケインはフォークナーやフィッツジェラルドなどと一緒にハリウッドでシナリオ作家としても働いていた。あまりシナリオ書きはうまくなかったらしいが。)さらにはセリーヌの『なしくずしの死』におけるアメリカ文明に対するアンビバレントな賛美(特にアメリカ美人への)と懐疑(都市やフォード的な産業への)や、カフカの『アメリカ』における似通った感情についても言うべきか(アメリカのおませな少女、ドイツ人の厳格で退屈な叔父、フランス人のヒモ、という類型)。

『異邦人』やケルアックの『路上』のファンにはぜひおすすめ。