探偵はつらいよ 〜天使に見捨てられた夜〜

桐野夏生『天使に見捨てられた夜』読みました。

桐野夏生の小説では、しばしば主人公の女性がつらい経験を経てパワーアップし、新たな人生へと出発する準備が整ったところで小説が終わります。『OUT』や『柔らかな頬』、『グロテスク』、『魂萌え!』などはみな一応はこのパターンに合致するのではないでしょうか。
それらより前の1994年に書かれた今回の小説は、主人公はやはり女性の探偵ではありますが全体の筋立てとしてはミステリーつまり犯人探しの小説となっていて、犯人が分かった時点で小説はゴールとなります。
ただこの小説でも犯人探しという目的は読者にページを繰らせる原動力の半分でしかなくて、あとの半分は丹念に描かれる個々の登場人物への興味であるところが桐野小説らしいところです。
とくに一色リナの生い立ちが、犯人探しの物語の背後にあってこの小説の感情面での構造の核になっているように感じました。養護施設での子供時代、そこで受けた二重三重の心の傷、自殺未遂、措置解除のあと保護者となった中学教師と駆け落ちした経緯など。
さらに主人公と、その隣の部屋に住むゲイの男やAVビデオ製作会社の社長とのドライとウェットないまぜの交流がこの小説のまた別の魅力になっています。