夫の価値が分からない妻 〜ヒストリー・オブ・バイオレンス〜

デイヴィッド・クローネンバーグ『ヒストリー・オブ・バイオレンス』みました。

クローネンバーグ監督というから『ヴィデオドローム』や『裸のランチ』や『クラッシュ』や『イグジステンツ』のような、主人公が迷路のような悪夢に迷い込んでいって、変な形のブニュブニュしたガジェットとか魚の骨を組み立ててできるピストルとかが出てくる映画かと思ったら、全然違いました。正統派の夫婦の愛の物語です。とても良かった。

!!!ネタばれ注意!!!

良き夫であり、良き市民であり、良き働きででもあるトムが、ある日仕事先のカフェにやってきた強盗二人を撃ち殺す。彼は一躍有名となるが、今度は黒い車に乗った三人組のギャングが彼につきまとう。ギャングたちは彼のことをジョーイ・キューザックと呼ぶ。ある日とうとうギャングたちはトムの息子を捕まえ、それと引き替えにトムを連れ去ろうとするが、トムは手際よく三人を撃ち殺す。
トムの妻は夫を問いつめ、トムはとうとう自分が本当はジョーイであり、フィラデルフィアのマフィアのボスの弟であることを認める。妻はそんな夫を受け入れようとしない。
トムはギャングたちを送ってきた兄に呼び出される。兄の屋敷に丸腰のままつれてこられたトムは、兄の目の前で手下に殺されそうになるが、逆に手下たちも兄も皆殺しにする。
家に帰ってきたトムは、家族が自分を再び父として受け入れてくれるか不安を抱えながら、三人が食事をしているテーブルにやってくる。小さな娘がまず父のために皿を持ってくる。息子がパンを父に渡す。最後に妻が、泣きながらトムの顔を見上げる。終。

暴力シーンの残酷さはそれほど気にならなかった。一つの独立した世界として文句のつけどころがない。イーストウッドの『ミリオンダラー・ベイビー』のように完成している。『ヴィデオドローム』や『裸のランチ』からは想像もできないしっかりとした構成でした。


ただ、妻や息子の反応に、この映画の中ではそうなっているのだと慣れるまで、ちょっと違和感を覚えた。トムはとてもいい夫なわけですよ。父親としても最高だし、市民としても文句のつけようがなく、町でも店でも評判がいい。
何より、トムはもう昔のように暴力をふるうことがない。強盗に対しても、最後まで下手に出て、それでも相手がウェイトレスを強姦しようとしたからしょうがなく反撃する。いじめっ子に反撃して怪我を負わせた息子に対しても、暴力は何も解決しないと説教するわけです。
それなのに、妻は彼がむかしギャングであったことを知っただけで逆上して、「自分も間に合わせの女なのね」とかいいがかりをつけるわけです。そんなわけないだろ!息子にしても、「警察にこのことを言ったら僕を始末するのか?」とか言う。そんなわけないじゃん!一貫してずっと家族を守って戦ってるのに、どうしてそんな意地悪を言うのかこのいけ好かない家族たちは。

例えばあなたの旦那が実はヤクザの組長の弟で、昔は人も殺したけど今は身元を隠してあなたと暮らしていることを知ったとする。今の旦那はいい夫だし、子供たちにはいい父親だし、勤め人としても真面目で町内でも評判がいい。何より、彼は暴力を嫌っていて、一貫して暴力には反対している。やくざ的な行動や思考の片鱗はどこにもみられない。
それでもあなたは、旦那の過去だけをとって彼を責めるだろうか?私だったら責めなどしないし、むしろ大歓迎、と言うか、よく更生したねとほめてあげたいと思うだろう。それに、いざというときには頼りになるわけだし。
それでもその過去のせいでイヤなやつらが子供のまわりをうろうろするなら考えものだけど、旦那は単身で武器も持たずにヤクザの本部に乗り込んで、ボスを始めわんさといる手下どもを皆殺しにして帰ってきたとすれば、なおさらではないでしょうか、奥さん!