そして子供だけが残った 〜鰐〜

キム・ギドク監督の『鰐』(1996)みました。
すごい。面白かった。キム・ギドク監督ってやっぱ天才だと思った。世界中の映画から印象に残るシーンを集めてきて、もちろん全体としてもオリジナルで筋の通った面白い映画を作る。手抜きしたとか面倒くさがったとか詰めが足りないとか思わせる部分が微塵もない。

!以下、ネタばれ注意!

出だしのシーンからいきなり引き込まれました。あの土着的な縄文土器的な感じのする音楽。暗い川。男が服を脱いで都会の中を流れる暗い川に飛び込む。
この男(ヨンペ)を演じるのは『悪い男』(2001)でハンギを演じたチョ・ジェヒョン。ヨンペは川辺で寝起きして暴力に満ちた世界で生きている。彼は一緒に川辺で暮らしている子供にも老人にも容赦せず暴力をふるって自分の思い通りにする。自殺しようと川に身を投げた若い女(ヒョンジョン)を助けるとさっそく強姦してしまう。
ヨンベは暴力をふるう男であると同時にもっと強い者からは“こまされる”側にいる男でもある。子供にガムを売らせていたらそこを縄張りにしているヤクザに袋叩きにされる。賭けマージャンでは八百長を見抜いたのに逆に脅され、なぜか豚足を持って殴りこみに行ってボコボコにされる。インチキ露天商の試みも子供の不注意のために失敗に終わる。
ところがヒョンジョンと出会ってヨンベは変わっていく。この過程が映画の見所となっています。ヨンベは変わり、ヒョンジョンをも変えようとする。でもヒョンジョンはヨンベと新しい人生を始めようとしない。打ちひしがれて、ヨンベにも心を開こうとしない。
そしてラスト。川に再び身を投げたヒョンジョンと、彼女を追って川に飛び込むヨンベ。川の中には以前にヨンベが怒りに任せて投げ入れたソファーと、ゲイの男の家から勝手に持ってきた絵があってリビングみたいになっている。そこにいつかヨンベが甲羅を青い絵の具で塗った亀も泳いでくる。あり得たかも知れない幸せの姿の残骸。ヨンベは手錠で自分の手をヒョンジョンの手とつなぐ。


この映画は特にレオス・カラックスっぽいと感じました。『ポン・ヌフの恋人』のドニ・ラヴァンジュリエット・ビノシュでこの映画をそのまま撮り直したらフランスでヒットするんじゃないでしょうか。
元カレが制裁を受けるあの仏像の張りぼてとかが乱雑に並べてある倉庫は、昔の日本のヤクザ映画みたい。あとおじいさんが飲み物の自販機の中に入って機械の代わりとなって小金を稼いでいるのを、一緒に住んでいておじいさんになついている子供が悪いやつにけしかけられて銃で撃ち殺してしまう悲しいシーンもどこか懐かしい感じがしました。