ある近代の黎明 〜黄色い大地〜

陳凱歌(チェン・カイコー)監督『黄色い大地』(1984年)みました。スゴイ。圧倒されました。まさにいま消え去りつつある瞬間の古い農村社会、残酷でありまた美しくもある小世界を描いた、完璧な映画だと思います。

あらすじ

1939年の初春、陝西省北部の農村。黄河に沿った乾いて痩せた土地で、農民たちが細々と暮らしている。
映画は村の嫁入りのシーンで始まる。嫁入り行列をじっと見守る一人の少女、翠巧(ツイチャオ)。そこに、八路軍の文芸工作員である顧青(グー・チン)が陝北民謡の取材のためにやってくる。
婚礼を祝う宴会の席。村人が歌う。

男産むなら立派な男 お役人になるような
女産むなら可愛い子 牡丹のような美しさ

顧青は村人たちに、「南の延安府から来たお役人様」と紹介される。「魚だよ」と言いながら村人が皿を配る。実際にはそれは木を魚の形に削ったもので、村人が顧青に「しきたりでね」と説明する。

翠巧が黄河で水を桶に汲みながら歌う。

六月の黄河は水冷たく 早く嫁げとせかす父
五穀の中で丸いのはえんどう 人間の中でつらいのは娘
つらいのは娘
鳩は番で空を飛び 母を想うほか私に想う人もない

顧青は貧しい農家に泊めてもらう。その家は父親と娘の翠巧、それに弟の憨憨(ハンハン)の三人暮らし。

顧青:ご迷惑かけますね おいくつですか
父親:辰年で四十七だ
顧青:娘さん お名前は?
翠巧:ツイチャオ
(中略)
顧青:今日 隣村で婚礼を見ました
父親:裏の栓牛(シュアンニウ)の九番目の娘だ
顧青:まだ幼かった
父親:幼いだと?親父がよく前を通るが六月で十四になると言っていた。十分だ
顧青:南ではもう廃れています
父親:嫁入りがか?
顧青:そうではなくて 南の新民謡では娘がこう歌う。“自分の相手は自分で探す”
父親:相手?
顧青:嫁入り先です
父親:仲人も立てずに?
顧青:ええ
父親:結納も?
顧青:ない
父親:何だそれは 娘には何の値打ちもなく 男とくっついて 出て行くだけか?
顧青:娘は売り物じゃありません 世の中は変るんです 南は変わった 北も変る 国中が変ります
父親:百姓には掟がある 変わらん掟があるんだ

夜、糸車で糸を紡ぎながら翠巧が嫁入りの辛さの歌を歌う。
シーンが変わり、顧青が縫い物をしている。それを翠巧が見つめる。

顧青:どう?うまい?
翠巧:上手いわ お役人で男なのに針仕事だなんて
顧青:これくらい 部隊の女性は男と同じに田を耕すし 日本軍とも戦う 髪も短く切って とても活発だ

翠巧たちの家の門の両側には古くなった赤い紙が張ってある。文字の変わりに丸印が並んでいる。村の人はだれも文字を知らない。
シーンが変わり、顧青は畑仕事を手伝っている。

顧青:子供は2人だけですか?
父親:上の娘は嫁いだ
顧青:あなたが決めて?
父親:女房が早く死んだからな
顧青:本人も喜んで?
父親:ああ
顧青:なぜ?
父親:食べていける だが後で嫌がりだした
顧青:なぜです?
父親:食べられなくなった
顧青:それだけ?気持の問題は? 夫婦の愛情です
父親:“飲んでこその友 食えてこその夫婦”だ 食えないで愛情など
(中略)
顧青:娘さんはなぜ苦しむと思います?
父親:運命だ

昼、四人で畑で食事を取る。

父親:お役人 ここに何を探しに来たといった?
顧青:陝北の民謡です
父親:民謡?あんなもの
顧青:歌えるんでしょう?
父親:心が動かんと歌えない
顧青:何千何万もの民謡を どうすれば覚えられるでしょう?
父親:つらい生活の中で覚えるんだ 民謡を集めてどうする?
顧青:民謡に新しい歌詞をつけ 八路軍の翠巧ほどの年の若者に歌わせる
皆に知らせるんです
なぜ貧乏人が苦しみ 嫁が殴られるか
なぜ革命をやるのかを
歌を聞いて皆 黄河を越え 日本軍や地主を倒しに行く
毛主席や朱司令も民謡好きだ
毛主席は歌だけでなく 教育も広めたいんです
延安の娘は皆 石版に字や絵をかきます
毛主席は全国の貧しい人が 食べていけるようにする

翠巧が目を輝かせて顔を上げるが、父の反応を見てまた顔を伏せる。翠巧は先に帰ってしまう。父親はその後ろ姿を見ながら「娘のやつ 挨拶もせずに帰って」と呟く。

黄河に水汲みに来た翠巧が歌う。

川面の鴨が 白鳥に出会った
私が歌えることを知らぬ お役人様
柳の根が絡みあうように
乱れる想いを どう話そう
どう話そう

普段は無口な翠巧の弟の憨憨も、次第に顧青と打ち解け、ユーモラスな歌を歌う。顧青は憨憨に「万民救う共産党」という節の歌を教える。

翠巧は父親に、4月1日に嫁入りすることが決まったと告げる。父親が翠巧に言う。

お前が幼いうちに決めた縁組だ
結納の半分で おっ母を葬り
残りの金で 弟の縁組を決めた

顧青が隊に戻ることになる。最後の夜、父親が顧青の前で初めて民謡を歌う。若くして嫁ぎ、夫に死なれて井戸に身を投げる若い女の歌。
次の日、顧青が出発する。憨憨がずっとついてくるが、途中でやっと立ち止まる。さらにその先で、翠巧が現れる。一緒に連れて行ってくれと顧青に頼む。顧青は、規則があるからできないが、上に報告して、許可が取れたら迎えに来ると約束する。
遠ざかっていく顧青を見送りながら、翠巧が浪々と心のうちを歌う。

翠巧の嫁入りのシーン。映画の冒頭の嫁入りとそっくり。

憨憨が姉の変わりに黄河に水を汲みに来る。するとそこに翠巧が現れて、代わりに水を家まで運んでやる。そして、黄河を渡って八路軍に入る決心を弟に打ち明ける。長いお下げの髪を切ったものを弟に手渡す。
夜、黄河の岸に小船が停まっている。黄河の流れは激しく、波が立っている。

憨憨:渡れないよ 南の延安に行けば? 夜明けに船頭さんに頼んで渡れよ
翠巧:憨憨 姉さんは苦しいの もう待てない

翠巧は船を漕ぎながら、いつか顧青が憨憨に教えていた歌(万民救う共産党……)を力強く歌うが、その歌声が急に途切れる。「姉さん!」と叫ぶ憨憨。

時が経ち、顧青がまた村にやってくる。翠巧の家には誰もいない。
村人たちは全員で雨乞いの儀式に参加していて、竜王に祈っていた。憨憨もその中にいる。と、憨憨は丘の上に顧青の姿を見つける。憨憨は顧青に呼びかけようとするが、村人たちの流れに流されてうまく進むことができない。村人たちの祈りの声が最高潮に達する中で、顧青の姿も幻のように消えてしまう。

中世的な生活を営む貧しい農村と近代の出会いの場に生まれた悲劇。翠巧のお下げ髪が日本の中世の女性の髪型を想わせる。荒涼とした砂漠のような風景、照りつける太陽の光。「山椒太夫」(水に沈む少女)+「砂の女」のような不思議。
映画の最初から最後までバックに聞こえる風の音も印象的。